火災や地震で停電になったとき、真っ暗な建物の中で人々を安全に避難させる「最後の砦」となるのが非常用照明です。建築基準法では、この重要な設備について厳しい基準を定めています。
もし非常用照明が機能しなければどうなるでしょうか。暗闇の中で避難経路が分からず、パニックに陥ってしまう危険性があります。だからこそ、法律で細かく規定されているのです。
とはいえ、その設置基準はかなり専門的で複雑です。どんな建物に設置義務があるのか、必要な明るさはどれくらいか、電源や配線はどうすればいいのか――多くの要件をクリアしなければなりません。
この記事では、建物の安全を守る非常用照明について、基本的な役割から法的な設置基準、構造、そして最近増えているLED化の注意点まで、できるだけ分かりやすく解説していきます。
非常用照明器具とは?役割と法律上の位置づけ

非常用照明器具は、停電になると自動で点灯する照明設備です。
火災や地震で電気が止まったとき、建物内の人々がパニックにならず、安全に屋外へ避難できるように床面を一定時間照らし続けます。
建築基準法で定められた「災害時の人命の安全確保」を目的とする、きわめて重要な防災設備といえます。
最近では、建設省告示の改正によって、従来の白熱灯や蛍光灯だけでなく、LEDも非常用照明の光源として正式に認められるようになりました。
この設備には、次のような特徴があります。
目的: 停電時、避難に必要な最低限の明るさ(照度)を確保する
根拠法: 建築基準法
点灯時間: 停電後30分間以上点灯し続けることが原則
電源: 専用の予備電源(蓄電池や自家発電設備)が必要
誘導灯との違い
非常用照明とよく似た設備に「誘導灯」がありますが、実は目的も根拠法も違います。
非常用照明は「避難経路を照らす光」、誘導灯は「避難口の方向を示す標識」です。暗闇では、まず足元や周囲が見えなければ、標識があっても安全に移動できません。この2つが揃って初めて、安全な避難が可能になるわけです。
ただし、階段や通路に設置される「階段通路誘導灯」は、一定の条件を満たせば非常用照明の役割も兼ねる(兼用)ことが認められています。
| 比較項目 | 非常用照明器具 | 誘導灯 |
| 主な目的 | 避難経路や室内の照度(明るさ)の確保 | 避難口や避難方向の明示 |
| 根拠法 | 建築基準法 | 消防法 |
| 設置場所 | 居室、廊下、階段などの避難経路全般 | 避難口、避難方向を示す廊下・階段など |
| 性能 | 床面で一定の明るさ(例:1lxまたは2lx以上) | 標識として十分な視認性 |
【建築基準法】非常用照明の設置義務と免除条件
非常用照明の設置義務は、建築基準法施行令第126条の4で定められています。結論から言うと、不特定多数の人が利用する大規模な建物や、窓のない部屋などには原則として設置が義務づけられています。停電時に避難が困難になるリスクが高い場所から、優先的に安全を確保するためです。
ただし、すべての建物に一律で必要というわけではありません。用途や規模、構造によっては設置が免除されるケースもあります。
設置義務がある「特殊建築物」と「規模」
設置が義務づけられるのは、主に次のような建築物です。
特殊建築物:
- 劇場、映画館、公会堂
- 病院、診療所(患者の収容施設があるもの)
- ホテル、旅館、下宿
- 百貨店、マーケット、展示場
- キャバレー、ナイトクラブ、ダンスホール など
建物の規模による規定:
- 階数が3以上で、延べ面積が500㎡を超える建築物
- 延べ面積が1,000㎡を超える建築物
特定の室:
- 採光上有効な窓がない「無窓の居室」
設置義務が免除される居室・建築物
一方で、次のような場所では設置義務が免除されます。
- 一戸建ての住宅
- 共同住宅の各住戸の内部
- 病院の病室、下宿の寝室など(上記「特殊建築物」内の居室)
- 学校、博物館、ボーリング場など
- 採光上有効な開口部(窓など)がある居室
特に注目したいのが、平成30年の国土交通省告示による規制緩和です。これによって、床面積が30㎡以下の小規模な居室については、一定の条件を満たせば設置免除となるケースが増えました。
非常用照明に求められる【構造・性能】の基準
非常用照明は、ただ設置すればいいというものではありません。建築基準法施行令第126条の5および関連告示に基づいて、その構造や性能にも厳しい基準が設けられています。
万が一のときに確実に機能するよう、照明器具本体、電源、配線のすべてが災害を想定した仕様である必要があります。
- 照明器具: 火災時の熱でも性能が低下しにくいこと
- 電源: 停電時に自動で切り替わる予備電源(蓄電池など)を備えること
- 配線: 火災による断線やショートを防ぐ措置がされていること
照度基準:LED/蛍光灯は2ルクス以上が必要
非常用照明が確保すべき明るさ(照度)は、床面の「水平面照度」で規定されています。最も重要な基準は、火災時の高温状態(周囲温度70℃)でも、停電後30分間、規定の照度を維持できることです。
光源によって必要な明るさが異なります。
- 白熱灯: 床面で 1ルクス(lx)以上
- 蛍光灯/LED: 床面で 2ルクス(lx)以上
- 地下街・地下道: 床面で 10ルクス(lx)以上
(※ルクス(lx)とは、光に照らされた面の明るさを示す単位です)
電源基準:予備電源と30分間点灯の原則
非常用照明の電源は、停電時に自動で切り替わる予備電源でなければなりません。認められているのは「蓄電池設備」または「自家用発電装置」の2種類のみです。
そして、商用電源が切れた後、充電されることなく30分間点灯し続けられる容量が求められます(大規模な建物では60分間)。この基準があるため、日常使用している照明回路から電源を取ることはできません。
配線規制:耐火措置と専用回路の必要性
電源を照明器具と別の場所に置く「電源別置形」の場合、電気配線にも特別な規制がかかります。火災時に配線が焼けて機能停止するのを防ぐための措置も必要です。
避難経路の途中で誤って電源が切られないよう、容易に操作できるスイッチを設けない非常用照明の配線には、耐火電線を使用するか、耐火構造の壁や床に埋め込むなどの耐火措置を施す必要があります。
また、非常用照明の回路は、他の一般照明やコンセントと分けて専用の回路としなければなりません。
さらに、避難経路の途中で誤って電源が切られないよう、容易に操作できる開閉器(スイッチ)を設けてはいけません。
非常用照明の選択基準:電源・光源・構成の比較
非常用照明器具を選ぶときは、主に3つの観点(電源、光源、構成)から検討します。建物の規模や用途、既存設備の状況によって最適な組み合わせが変わってきます。
たとえば、電源を器具に内蔵するか(電池内蔵形)、一箇所にまとめるか(電源別置形)は、コストと施工性に大きく影響します。
| 比較観点 | 種類1 | 種類2 | 種類3 |
| 1. 電源の種別 | 電池内蔵形 | 電源別置形 | – |
| 2. 光源の種類 | LED | 蛍光灯 | 白熱灯 |
| 3. 構成の種別 | 専用型(非常時のみ点灯) | 併用型(普段は一般照明) | 組込型(器具に内蔵) |
コストと設置場所で決める「電源の種別」
電源の種別は、特に重要な選択肢です。
「電池内蔵形」は、照明器具一つひとつに蓄電池が内蔵されているタイプです。配線が簡単なので、小規模な建物や増改築(リニューアル)時に向いています。ただし、器具ごとに電池交換が必要なため、管理台数が多いと手間がかかります。
対して「予備電源別置形」は、蓄電池設備や自家発電装置を1ヶ所に集約し、そこから各照明へ配線するタイプです。大規模な建物では集中管理できるので経済的です。ただし、前述の通り、火災に備えた「耐火措置」を施した専用配線が必要となり、初期コストは高くなります。
実務:照度を確保するためのポイント
非常用照明の設置で最も重要な実務が「配置設計」です。法律で定められた「床面で2ルクス以上」という照度を、部屋の隅々まで確実に満たすように照明器具を配置する必要があります。
従来は「逐点法」という複雑な計算で1点ずつ照度を計算していましたが、この方法は非常に手間がかかります。そのため、現在は照明メーカーが提供する「配置間隔表」を利用するのが一般的です。
この表には、天井の高さや部屋の広さに応じて、照明器具を何メートル間隔で配置すれば規定の照度をクリアできるかが示されています。
設計時には「保守率」も考慮します。これは、ランプの経年劣化や汚れによる明るさの低下を見込む係数で、新品時の明るさにこの係数を掛けて、将来的な照度不足が起きないよう設計します。
配置間隔表の読み方と設計実例(廊下・階段)
(※このセクションは、本来は図解が必要ですが、文章で解説します)
たとえば、廊下に非常用照明を配置する場合を考えてみましょう。
まず、メーカーの配置間隔表で、その廊下の「天井高」と「幅」が交差する欄を見ます。そこに「5.0m」と記載があれば、照明器具を5.0m間隔で直線上に配置すれば、規定の照度を満たせるという意味です。
階段の場合は、さらに複雑になります。階段の踊り場や段差部分を確実に照らす必要があるため、専用の配置表(階段配置表)を使って、照明器具の種類や取り付け高さを決定します。
これらの設計は専門知識が必要で、不備があると法律違反になります。そのため、専門家による正確な計算と設計が不可欠です。
非常用照明のLED化リニューアルのメリットと注意点
最近、従来の蛍光灯や白熱灯を使った非常用照明を、LEDに交換するリニューアル(大規模の修繕・模様替)が増えています。LED化には大きなメリットがあります。
長寿命
LEDの光源寿命は非常に長く、ランプ交換の手間とコストを大幅に削減できます。
省エネルギー
消費電力が少ないため、蓄電池の小型化や電気代の節約につながります。
即時点灯性
LEDはスイッチを入れるとすぐに最大の明るさになるため、停電時の安心感が高いです。
ただし、リニューアル時には注意点もあります。
最大の注意点は、蛍光灯(1lx基準の場合もあり)からLED(2lx基準)に変更する際、必要な照度が変わることです。
単に器具を交換するだけでなく、2ルクス以上を確保できているか、照度測定や再度の配置設計が必要になる場合があります。
法定点検義務12条点検の注意点
非常用照明は、設置して終わりではありません。建築基準法第12条に基づき、定期的な点検と報告(通称:12条点検)が義務づけられています。
これは、非常用照明が「いざという時に確実に作動するか」を維持管理するための重要な点検です。多くの特殊建築物が対象となり、建築士や専門の資格者による点検が求められます。
点検では、専用スイッチで作動させ、規定時間(30分間)点灯し続けるか、照度は基準を満たしているかなどを確認します。
もし点検を怠り、災害時に非常用照明が点灯しなかった場合、建物の所有者や管理者は重大な法的責任を問われる可能性があります。
非常用照明の設置・点検は専門家へ相談を
非常用照明の設置基準は、建築基準法や関連告示によって複雑に定められています。安全を確保するために必要な照度の計算、適切な器具の選定、法規に適合した配線工事、そして設置後の定期的な12条点検まで、すべてに高度な専門知識が要求されます。
「うちのビルは基準を満たしているか不安だ」
「古い非常用照明をLEDに交換したい」
「法定点検の時期が来た」
こうした場合は、ご自身で判断せず、関西システムサポートへご相談ください。人命を守る重要な設備だからこそ、プロフェッショナルによる確実な設計、施工、そして保守管理が不可欠です。


