建物の安全管理を担当する方にとって、「消防計画」の作成は避けて通れない重要な業務です。
しかし、作成義務や手順、届出の必要性について、具体的に何をすべきか悩む方も多いのではないでしょうか。
消防計画の作成と届出は、消防法によって定められた管理権原者(オーナー等)および防火管理者の法的義務です。
この計画は、火災や地震などの災害発生時に被害を最小限に抑え、人命を守るものだからです。
計画がなければ、いざという時に従業員や利用者は適切に避難誘導や初期消火を行えず、混乱が生じてしまいます。
具体的には、建物の用途や規模に応じて「防火対象物」が指定され、防火管理者の選任と消防計画の作成が必要となります。
そして、作成した計画は、所轄の消防署へ届け出なければなりません。
この記事では、消防計画が初めての方でも理解できるよう、作成の目的から具体的な手順、届出の方法、さらには実効性を高めるポイントまでを網羅的に解説します。
消防計画とは?作成義務の対象と目的
消防計画の定義と作成目的(消防法第8条)
消防計画とは、火災や災害の発生を未然に防ぎ、万が一発生した際の被害の軽減を図るための計画書です。消防法第8条に基づき、防火管理者が作成する義務があります。
この計画の最大の目的は、建物で働く人々や利用者の人命を守ることです。そのために、日常的な火災予防策と、緊急時に迅速に行動するための体制(ソフト面)をあらかじめ定めておきます。
作成が必要な「防火対象物」の種類
消防計画の作成義務は、消防法で定められた「防火対象物」のすべてに適用されます。防火対象物は、利用者の特性によって大きく2つに分類されます。
特定防火対象物(不特定多数の人が利用する施設)
例:飲食店、百貨店、ホテル、病院、映画館、福祉施設など
火災発生時に人命危険が特に高いとされる建物です。
非特定防火対象物(特定の人が利用する施設)
例:事務所(オフィスビル)、工場、倉庫、学校、共同住宅(マンション等)など
主にテナント従業員や居住者など、利用者が限定される建物です。

防火管理者・防災管理者の選任義務の基準
消防計画を作成する「防火管理者」の選任は、上記で分類した防火対象物の用途と収容人員(建物に出入りし、勤務し、または居住する人の数)によって義務づけられています。
防火管理者は火災予防の専門家、防災管理者は地震や大規模災害対策(地震対策や帰宅困難者対策など)の専門家であり、大規模な建物では両方の選任が必要な場合もあります。
▼ 防火管理者の選任が必要な基準(例)
| 防火対象物の分類 | 収容人員 | 必要な資格 |
| 特定防火対象物 | 30人以上 | 甲種または乙種防火管理者 |
| 10人以上30人未満 | 乙種防火管理者 ※ | |
| 非特定防火対象物 | 50人以上 | 甲種または乙種防火管理者 |
※特定防火対象物のうち、延床面積によって必要な資格(甲種・乙種)が異なります。詳細は所轄の消防署にご確認ください。
消防計画で定めるべき具体的な「内容」
消防計画は、単なる書類ではなく、実用的な行動計画である必要があります。主に「平常時の予防」と「災害時の対応」の2つの側面から内容を定めます。
平常時における火災予防対策
日々の火災予防活動は、消防計画の根幹です。火災を起こさせないための具体的なルールを定めます。
| 管理事項 | 詳細内容 |
| 火気・喫煙の管理 | 喫煙場所の指定、火気使用設備の点検ルール |
| 消防用設備の管理 | 消火器、スプリンクラー、自動火災報知設備などの維持管理と点検報告の徹底 |
| 避難施設の管理 | 避難通路、階段、防火戸周辺に物品を置かないルールの徹底 |
| 可燃物・危険物の管理 | 可燃物の整理整頓、危険物の貯蔵・取扱いルールの策定 |
災害発生時の「応急対策」と対応行動
万が一、火災や地震が発生した際の行動計画(応急対策)を明確にします。これによって、パニックを防ぎ、迅速な対応が可能になります。
| 項目 | 内容 |
| 通報連絡 | 消防署(119番)への通報、建物内への通報・伝達の方法 |
| 初期消火 | 火災発見者や初期消火班による消火器等での消火活動 |
| 避難誘導 | 避難誘導班による安全な避難経路への誘導、避難困難者(高齢者、負傷者など)の支援 |
| 応急救護 | 負傷者が発生した場合の救護活動 |
計画の作成単位(管理権原と統括防火管理者)
消防計画は、原則として防火管理者が管理する範囲(テナントごとなど)で作成します。
しかし、オフィスビルやショッピングモールのように、複数のテナント(管理権原者が複数)が入居する建物では、個別の計画だけでは建物全体の安全を管理できません。
このような場合、建物全体の防火管理を統括する「統括防火管理者」を選任し、「建物全体についての消防計画」を別途作成する義務があります。
この計画では、共用部分の管理や、建物全体での一斉避難の方法などを定めます。
消防計画の作成手順
実用的で法令にも適合した消防計画を作成するには、順序立てた手順を踏むことが大切です。
STEP1:建物状況の調査とリスク分析
まずは現状把握から始めます。自社の防火対象物がどのような建物か、利用形態(日中の人口、夜間人口)、構造、設置されている消防設備を詳細に調査します。
この調査に基づき、「どこで火災が起きやすいか」「どの経路で煙が広がりやすいか」といったリスクを分析します。
STEP2:被害想定と安全目標の設定
リスク分析に基づき、火災や地震対策として具体的な被害を想定(シミュレーション)します。
たとえば、「深夜の〇階で火災が発生した場合」「震度6強の地震でエレベーターが停止した場合」などを想定します。その上で、「死傷者ゼロ」「5分以内に全員の避難開始」といった具体的な安全目標を設定します。
STEP3:対応行動と役割分担の具体化
設定した安全目標を達成するために、誰が・何を・いつ行うかを具体的に定めます。これが「自衛消防組織」の編成です。
多くの事業所では、「通報連絡班」「初期消火班」「避難誘導班」といった役割分担をあらかじめ決め、従業員に割り当てます。
STEP4:消防計画の文書化と作成例の活用
STEP1〜3で決めた内容を、所定の様式に落とし込みます。
多くの消防署では、事業所の規模や用途に応じた「作成例/様式」をウェブサイトで公開しています。これらを活用することで、法令で定めるべき事項の漏れを防ぐことができます。自社の実態に合わせて、内容を修正・追加して完成させます。
▼ 主な作成例(様式)の公開先
- 東京消防庁: https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/ (トップページから「申請・届出」>「消防関係」などで検索)
- 大阪市消防局: https://www.city.osaka.lg.jp/shobo/ (トップページから「申請・届出」などで検索)
※各地域の所轄消防署のウェブサイトをご確認ください。
STEP5:所轄消防署への届出と様式
消防計画は、作成したら終わりではありません。必ず所轄の消防署長へ届出る義務があります。
届出は、防火管理者を選任(または変更)した際や、計画内容を大幅に変更した際に必要です。届出書(様式)に作成した消防計画書を2部(1部は控え)添付して提出します。
▼ 主な届出書と義務者
| 届出書類 | 届出義務者 | 提出時期 |
| 防火・防災管理者選任(解任)届出書 | 管理権原者 | 選任・解任した際、遅滞なく |
| 消防計画作成(変更)届出書 | 防火管理者 | 作成・変更した際、遅滞なく |
| 消防用設備等点検結果報告書 | 管理権原者 | 年1回(特定)または3年に1回(非特定) |
STEP6:PDCAサイクルによる運用・見直し
消防計画は、作成・届出した後が本当のスタートです。計画を「生きたもの」にするために、PDCAサイクル(計画→実行→評価→改善)を回すことが不可欠です。
- Plan(計画):消防計画の作成
- Do(実行):計画に基づく日常の火災予防、訓練(消火・避難)の実施
- Check(評価):訓練の結果や、日常点検で見つかった問題点の評価
- Act(改善):評価に基づき、計画や体制を運用・見直しする
このサイクルを定期的に回すことで、人事異動やレイアウト変更といった実態の変化に対応し、計画の実効性を維持します。
実効性を高めるための重要な「作成ポイント」
実態に即した計画と全従業員への周知
作成した消防計画が、机上の空論であっては意味がありません。重要なのは、実際の建物の構造や利用者の動線、従業員の勤務体制(夜間体制など)に即した、実践的な内容にすることです。
さらに、計画は防火管理者だけが知っていても機能しません。従業員全員への教育や定期的な訓練を通じて、「いつ・どこで・何が起きても、自分はこう動く」という意識を徹底させることが最も重要です。
消防設備と点検報告の徹底管理
どれほど優れた計画があっても、いざという時に消火器や報知器が作動しなければ意味がありません。消防用設備の維持管理は、防火管理者の重要な責務です。
法律で定められた防火対象物点検報告(年1回など)を確実に実施し、不備が見つかれば速やかに改修する体制を整えてください。
消防計画の作成や届出に不安がある場合の対処法
専門家(行政書士等)への相談メリット
消防計画の作成は、消防法や関連法令が複雑に絡み合う専門的な作業です。「自社で作成する時間がない」「法令を遵守できているか不安」といった場合、消防法務を専門とする行政書士などの専門家に相談・依頼するのも有効な手段です。
専門家に依頼する最大のメリットは、「法令遵守の確実性」と「本業に集中できる安心感」です。専門家が建物の状況を診断し、リスクに応じた最適な計画を作成・届出まで代行してくれます。
行政書士への依頼費用や流れの目安
行政書士に依頼する場合の一般的な目安は以下の通りです。ただし、建物の規模や用途、依頼する業務範囲によって費用は変動します。
※注意喚起
以下の費用や期間はあくまで一般的な目安であり、個別の案件によって異なります。必ず事前に複数の事務所に見積もりを依頼してください。
一般的な費用の目安
- 小規模な事業所(飲食店、クリニックなど):数万円程度〜
- 中〜大規模な事業所(オフィスビル、工場など):10万円〜数十万円程度
依頼から届出までの流れ
- 相談・見積もり:建物の状況(図面、用途、面積など)を伝え、費用とスケジュールを確認
- 現地調査・ヒアリング:専門家が現地を訪問し、設備やリスクを詳細に調査
- 消防計画案の作成・提示:ヒアリングに基づき、計画案が作成されます
- 内容の確認・修正:依頼者(防火管理者)が内容を確認し、実態に合わせて修正
- 所轄消防署への届出代行:完成した計画書を専門家が消防署へ提出
消防計画を怠った場合の罰則とリスク
消防計画の作成・届出は「義務」であり、これを怠った場合には法的な罰則が科されるリスクがあります。義務の遵守は、万が一の事態を防ぐだけでなく、経営リスクを回避するためにも不可欠です。
管理権原者へのリスク
- 措置命令:消防署から計画の作成や防火管理者の選任を命じられます
- 罰則:措置命令に従わない場合、消防法に基づき罰金や拘禁刑が科される可能性があります
防火管理者へのリスク
- 業務不履行:防火管理者として選任されているにも関わらず、計画作成や訓練の実施を怠った場合、その責任を問われます
- 結果責任:火災が発生し、計画の不備によって被害が拡大した場合、重過失として法的な責任を問われる可能性もあります
特殊な施設における計画作成の留意点
すべての施設が同じ計画で良いわけではありません。特に以下のような施設では、利用者の特性に合わせた特別な配慮が求められます。
病院・福祉施設(避難困難者への対応)
病院や高齢者施設では、自力での避難が困難な方が多数利用しています。
留意点:
- 職員による避難介助の方法(抱きかかえ、車椅子の搬送方法など)を具体的に定める
- 夜間など職員が手薄になる時間帯の体制を明確にする
- 非常電源や医療ガスの停止を想定した対策を盛り込む
工場・倉庫(危険物・特殊火災への対応)
工場や倉庫では、特殊な化学薬品や危険物、または大量の可燃物を扱っている場合があります。
留意点:
- 保管している危険物や可燃物の種類に応じた初期消火の方法(水が使えない場合など)を明記する
- 火災の延焼防止(防火シャッターの作動確認など)を重点的に計画する
- 特定のエリア(危険物倉庫など)への立ち入り制限や管理方法を定める
消防計画の効率的な運用
PDCAサイクルを回す重要性は前述の通りですが、多くの現場では「紙ベースの管理で更新が大変」「訓練記録が煩雑」といった課題があります。計画の「実効性」と「効率性」を両立させるために、ITツールの活用も有効な手段です。
Excelやスプレッドシートの活用
- 消防計画の本文だけでなく、点検チェックリストや訓練の参加者名簿をデータ化する
- 見直し時期をカレンダー機能でリマインド設定する
クラウドストレージの利用
- 最新の消防計画データをクラウド上に保管し、関係者(特に夜間担当者など)がいつでもスマートフォンやタブレットから閲覧できるようにする
専用アプリやツールの利用
- 近年では、消防設備の点検報告や訓練の実施記録を管理できる安否確認システムやビル管理系のSaaSも増えています
- 消防署が提供する「小規模用作成支援ツール」などを活用し、作成の負担を軽減する方法もあります
まとめ
この記事では、消防計画の基本的な定義から、作成手順、届出義務、実効性を高めるポイントまでを解説しました。
消防計画は、単に法律で定められた義務だから作成するのではありません。火災や災害という非日常の事態において、従業員や利用者の「命を守るための設計図」です。
作成した計画が実態とかけ離れていたり、訓練が行われていなかったりすれば、その設計図は役に立ちません。
まずはご自身の施設の消防計画が、現在の状況に合っているかを見直すことから始めてみませんか? もし作成や運用・見直しに不安がある場合は、放置せずに所轄の消防署や行政書士などの専門家へ相談することをお勧めします。


